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森田英紀(株式会社セカンドライン代表取締役) × 旭野好紀

旭野好紀の成功者インタビュー
森田英紀(株式会社セカンドライン代表取締役) × 旭野好紀
2009年6月8日
旭野:本日はよろしくお願いいたします。
まず代表者の生い立ちとして出身地・出身校・趣味・格言、あとは自己紹介をお願いいたします。
『高校時代の野球部で先輩・後輩の大切さを学びました』
森田:生まれは千葉県です。小学校の中頃まで千葉県にいて、そのあと宇都宮にきました。親の転勤などで、その前は茨城県にいたのです。育ちはほぼ宇都宮でそれから中学校・高校と行きまして、宇都宮南高校で野球をやらせて頂き、3年生の時に甲子園にも行きました。試合には出ていないですけどね(笑)
旭野:それはいつぐらいですか?
森田:15期だから、17、8年前ですね。現在35歳なので。
旭野:そうすると私は今33歳で、昭和50年生まれなので、昭和48、49年生まれですか?
森田:はい。昭和49年生まれです。
旭野:17、8年前はスポーツ少年というか、野球ばかりやっていたのですか?
森田:野球ばっかりでしたね。ほぼ野球でした。
旭野:勉強は?
森田:まったくです!!(笑)まったくやっていなかったですね。
でも、野球で学ばせてもらったことは、今非常に活きていますね。先輩・後輩がある社会の中で、名門校になるとほぼ軍隊に近い状態でやっていますからね。
旭野:やっぱりレベルが違いますからね。
森田:皆で90名くらい部員がいました。
旭野:そこから駆け上がるのは相当大変ですよね。
森田:そうですね。試合に出られるのはたった9人ですからね。やはり厳しい世界ですよ。でも、そこで先輩・後輩の上下関係を学ばせていただいて、本当にありがたいですよね。
森田:私は社会人になって最初にした仕事が、ショベルカーとかの重機の営業販売の仕事をさせてもらったのですよ。そこで、サービス・修理・リース・販売などもやらせて頂きました。
そこを退職したあとに、NCと言う旋盤工の工場に勤めていたのですよ。そこに勤めながら、飲食店でアルバイトを4年くらいやっていました。昼間働いて帰ってきてすぐにアルバイトに行って、夜中の1~2時頃帰ってきて、少し寝て朝7時くらいに家を出ていました。
そして、まだ若かったので、そこに遊ぶ時間も入れていました。

成功者インタビュアー
旭野 好紀(あさひの よしのり)
トチギジョブ運営会社
アサヒノ広告株式会社
代表取締役社長
『スタートは6坪の小さいお店でした』
旭野:そうすると、寝ている時間がないですね。
森田:はい、その生活を4年間続けていました。
飲食店には学生時代からもともと働いていて、飲食店はおもしろいなと感じていました。なので、高校を卒業する時には飲食店をやろうと思っていたのですが、まずは普通に就職しました。
旭野:高校を卒業する時にはもう飲食店をやろうと思っていたのですね。
森田:はい。そして、アルバイトをしながらたくさんの友達や先輩・後輩に出会って、その中で「おもしろそうな物件があるから、ちょっとやってみない?」と言われて始めたお店がキッカケですね。当時24歳でした。6坪の小さいお店でした。地下だったので雨が降るとお店に水が溜まってしまうのですよ。そこからスタートしました。3年そこでやらせて頂いて、そろそろ地上に出たいなと思ったのですよ。
旭野:なるほど。
森田:27歳で今の"もだん"という最初のお店をつくりました。
『ここでも、先輩・後輩に助けられました』
旭野:地上に出て初めてのお店ですね。それまで地下で修行をしていたのですね。
森田:やはりそこでも、先輩・後輩に助けられました。地下にあるお店で、誰もわからないようなお店だったので、応援して下さる先輩・後輩に助けてもらいました。
3年かけてようやく地上に出られました。2号店として、その3年後に"Japonism"をつくりました。これは29歳くらいの時でした。
そのあとすぐ1年後に、"PLUS cafe"、"Nohkin's"と立て続けにつくりました。
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