
「勤務時間外は、本来従業員の自由な時間である」――。これは労働法における大原則です。働き方改革やテレワークの普及により、この原則に基づき「副業・兼業」を解禁する企業が急増しました。
しかし、経営者や人事担当者がこの「自由」という言葉を鵜呑みにし、無防備に門戸を開くのは極めて危険です。ルールを無視した副業解禁は、予期せぬ割増賃金の支払い義務や、従業員の健康破綻といった「目に見えないコストとリスク」を企業に突きつけます。
人事労務のプロの視点から、現代のマネジメント層が絶対に無視できない「4つの真実」を解き明かします。
1. 副業の労働時間は「通算」されるという衝撃
まず、基本となる用語の定義を整理しましょう。一般に「副業」は本業の傍らで行うサブの収入源(アルバイト等)を指し、「兼業」は本業と同等レベルの労力や事業性を伴うもの(兼業農家や本格的な経営等)を指します。
このどちらであっても、雇用主が最も警戒すべきは「労働時間の通算(合算)」ルールです。
法律が定める「合算」の義務
事業主が異なる場合でも、労働時間は原則として通算されます。本業(A社)で働いた後に副業(B社)で働く場合、その日の労働時間はA+Bの合計でカウントしなければなりません。
なぜこの把握が「義務」なのか
企業には従業員に対する「安全配慮義務」があります。副業による長時間労働が原因で労災が発生した際、状況を把握していなかったでは済まされません。労働時間の通算把握は、単なる事務作業ではなく、従業員の命と企業の法的地位を守るための防衛策なのです。
2. 残業代を払うのは「後から契約した会社」?
労働時間が通算される結果、発生するのが「割増賃金(残業代)」の負担問題です。ここには、多くの経営者が驚愕する「契約順位の罠」が存在します。
「契約の前後」が支払責任を決める
本業(A社)と副業(B社)の合計時間が法定労働時間(1日8時間)を超える場合、「後から契約を締結した雇用主」が割増賃金を支払う義務を負います。
ケースA(一部が残業): 本業A社で6時間労働後、副業B社で3時間働く場合。合計9時間となるため、法定を超えた「1時間分」の割増賃金は、後から契約したB社が支払わなければなりません。
ケースB(全時間が残業): 本業A社ですでに8時間働いている場合。副業B社での労働は1分目からすべて割増賃金の対象となります。
【コンサルタントの眼】 副業を検討している企業、あるいは副業者を雇い入れようとする企業(B社)は、契約前に必ず「相手先の契約日」と「所定労働時間」を確認してください。これを知らずに採用すると、想定外の人件費増を招くことになります。
3. 従業員にもある「自分を守る法的義務」
労働問題において、責任は会社側だけにあるわけではありません。副業という「自由」を享受する以上、従業員側にも「自己保健義務」という重い法的義務が生じます。
「自己保健義務…よりよい労務を提供するために、自己の健康を保つ取り組みをしなければいけないというもの。定期健康診断を受けることなども含まれる。」
権利に伴う「自己責任」の重み
会社が安全配慮義務を負う一方で、従業員もまた、万全の状態で本業の労務を提供できるよう自らを律しなければなりません。単に「体調を崩さない」だけでなく、会社が実施する定期健康診断を確実に受診し、自身の健康状態を正しく把握・報告することも義務の一部です。
副業によって本業に支障をきたすことは、契約上の労務提供義務違反となり得ることを、全従業員に周知徹底させる必要があります。
4. 就業規則は「SNS・生成AI」の時代へ
副業を認めることは、決して「野放し」にすることではありません。会社には、職場の秩序を保ち、経営を円滑に行うための「組織の秩序維持権」があります。現代の服務規定には、従来の機密保持だけでなく、最新のリスクへの備えが不可欠です。
制限・禁止できる「4つの法的根拠」
副業を原則容認しつつも、以下の4ケースに該当する場合は、会社として明確にストップをかけられるよう規定しておくべきです。
- 労務提供上の支障: 深夜までの副業で本業に遅刻・欠勤が出る場合。
- 企業秘密の漏洩: 自社のノウハウや顧客情報が流出する恐れがある場合。
- 名誉・信用の毀損: 会社の社会的信頼を損なうような業態に従事する場合。
- 競業による利益害: ライバル会社での勤務など、自社の不利益に繋がる場合。
さらに、近年では「SNSへの不適切な投稿」や「生成AIの業務利用ルール」なども、服務規定に盛り込むべき必須項目となっています。
結論:これからの働き方を考える
副業解禁は、企業と従業員にとって新たな可能性を切り拓く施策です。しかし、それが成功するかどうかは、詳細な「副業規定」の策定と、現状を正確に吸い上げる「届け出制」の運用にかかっています。
「届け出制」は、単に従業員の行動を監視するためのものではありません。労働時間の通算状況を把握し、割増賃金の支払い責任を明確にし、健康リスクを共有するための「相互の法的防衛」であり「リスクの分担(アロケーション)」なのです。
時代遅れの就業規則は、企業を無用な争いに巻き込むだけでなく、結果として従業員をも不幸にします。
あなたの会社の就業規則は、今の時代の働き方を守れるものになっていますか?


